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福岡高等裁判所那覇支部 昭和49年(う)53号 判決

主文

原判決中被告人両名に関する部分を破棄する。

被告人両名はいずれも無罪。

理由

〈前略〉

論旨は、要するに、被告人らの運転した原判示各自動車は、軽車両等運送事業の用に供する軽自動車すなわち事業用軽貨物自動車であり、したがつて、道路運送法九九条にいう自家用自動車にあたらないから、同法一〇一条一項の適用を受けない筈であるのに、これが自家用自動車にあたるとし、したがつて、被告人らの各行為は同法一二八条の三・二号、一〇一条一項に該当するとして被告人らを道路運送法違反の罪に問擬した原判決には、法令の解釈適用の誤りがあるというものである。

よつて、所論にかんがみ、道路運送法および関係諸法令(同法施行令、同法施行規則等ならびに道路運送車両法、同法施行令、同法施行規則等)を仔細に検討して審案した結果、原判決には所論のような法令の解釈適用の誤りがあるとの結論に達した。以下順次判断を示すこととする。

(一)  被告人らの行為の違法性について。

道路運送法は、道路運送事業の適正な運営および公正な競争を確保するとともに、道路運送に関する秩序を確立することにより、道路運送の総合的な発達を図り、もつて公共の福祉を増進することを目的とし、この見地から道路運送事業に対し種々の規制を設けている。とりわけ、いわゆるタクシー営業(同法三条二項三号にいう一般乗用旅客自動車運送事業にあたる)を含む有償旅客自動車運送事業については、右の趣旨に副つて厳格な条件のもとに免許制度を採用し輸送の安全、旅客の利便等の確保のため事業者に対して種々の規制を設けているのみならず、その自動車の運転者についてもその資格要件を運転技術、能力、経験等の面において優れている、いわゆる第二種免許取得者に限定し(道路運送法二七条、旅客自動車運送事業用自動車の運転者の要件に関する政令(昭和三一年政令二五六号)、もつて旅客の生命身体の安全を確保し円滑な道路運送事業の発達を計つているのである。軽車両による旅客自動車運送事業についてもその例外ではなく、道路運送法は安全輸送の観点からこれを行政庁の規制下におくものと定めている。ところが、道路運送法は、軽自動車による道路運送事業についてはその二条五項により貨物運送事業をその規定の対象として掲げているだけであつて、軽自動車による旅客運送事業についてはなんらの規定も設けていない。しかし、そうであるからといつて、軽自動車が前記のような厳格な規制を受けることなく有償で旅客運送をすることは同法による前記のような諸種の規制を潜脱することにもなり、同法の立法趣旨に反することが明らかである。かかる行為は、もしこれが許されるならば、無免許営業に発展する危険性が大であり、ひいては道路運送に関する秩序を破壊し、免許制度は崩れ去るおそれがあり、したがつてこれを刑罰をもつて禁圧しなければならない実質的必要性が高いものであることは、十分に肯認することができる。そこで、さらに、原判示被告人らの行為が道路運送法一二八条の三・二号、一〇一条一項にあたるものとしてこれを処罰しうるかどうかについて検討することとする。

(二)  構成要件該当性の有無について。

原判決は、道路運送法一〇一条一項の立法の趣旨が有償旅客運送事業の免許制度を維持確保し、これに違反する行為を禁圧することにあり、このような立法趣旨に照らせば、旅客運送事業の免許を有しない事業用軽貨物自動車をその事業目的以外である旅客の運送の用に供した場合、その軽貨物自動車は、同条項にいう自家用自動車にあたることになり、同条による処罰を免れないものと解すべきであるというのである。しかしながら、同法九九条一項は、事業用自動車及び軽車両等運送事業の用に供する軽自動車以外の自動車を自家用自動車というと定義しており、文理解釈上貨物運送事業の用に供する軽自動車が同項にいう自家用自動車にあたらないことは明らかである。もつとも法令に用いられる語句の解釈は単なる文理解釈によるだけではなく、その立法趣旨、関係条文もしくは法規との関連等諸々の見地からなされなければならない。しかし、このことを考慮に入れても貨物運送事業の用に供する軽自動車は、たまたま有償で旅客を運送したとしてもこれにより道路運送法九九条一項、一〇一条にいう自家用自動車となるものではないと解するのが相当である。なんとなれば、同条項にいう自家用自動車にあたるかどうかは、規定の文言から明らかなように、当該自動車がその時々に具体的にいかなる目的のために使用されているかによつて定まるものではなく、運送事業の用に供する自動車としての登録もしくは車両番号の指定がなされているかどうかによつて定まるものと解すべきだからである。このことは、道路運送車両法およびその関係法令が運送事業の用に供する自動車とそれ以外の自動車では、自動車登録番号標の文字および地の塗色または車両番号標の文字を別にすることにより、外見上運送事業の用に供する自動車に対する規制を容易になしうるような配慮がされていることからもうかがわれるのである。

このような見地に立つて本件を見るに、原審取調べの関係証拠によれば、被告人らの運転にかかる原判示軽自動車は、いずれも、貨物運送事業の用に供するものとして法令に従つた書類の提出届出および車両番号の指定がされていることが明らかであるから、道路運送法九九条一項にいう自家用自動車にあたらないものといわなければならない。そして、同法一〇一条一項にいう自家用自動車とは同法九九条一項にいう自家用自動車と同義と解しなければならないから、被告人らの原判示軽貨物自動車は有償で旅客を運送してもこれにより同法一〇一条一項にいう自家用自動車にあたることにはならないものと解さざるを得ない。

すなわち、道路運送法九九条一項、一〇一条一項によれば、事業用自動車をその事業目的以外の用に供したとしても、これによつて直ちに同項にいう自家用自動車になるわけではなく、単に事業用自動車を自家用に供したこととなるにすぎないものというべきである。もし、そうではなく、原判決のような解釈(主務官庁においても同様の行政解釈をしていることが記録上窺われる)をするならば、いわゆるタクシーを有償で貨物運送の用に供した場合またはタクシー運転手の私用に供した場合等はこれによつて右タクシーが直ちに同法九九条一項、一〇一条一項にいう自家用自動車にあたることとなる反面、タクシー営業の免許を受けた者が事業用自動車でない自動車を使用してタクシー行為をしても同条項にいう自家用車を有償で運送の用に供したことにならないことにもなりかねない。このような解釈が妥当でないことはいうをまたないところである。当裁判所としては同法九九条一項に定義規定がある以上、同法一〇一条一項の規定を原判決のように、事業用自動車が有償で事業目的以外の用に供されたときを含むものと解することは、到底容認し得ないものといわざるを得ない。

(三)  要約

以上述べたとおり、被告人らの原判示各行為は、道路運送法およびその関係法令の趣旨に反することが明らかであり、刑罰をもつてこれを禁止しなければならない必要性の大きいことは十分に肯認することができるけれども、これを同法一二八条の三・二号、一〇一条一項により処罰することは困難である。もし右のような行為が業としてなされるのであれば同法四条、一二八条一号によりこれを処罰する余地があることになるが、本件はそのような場合にあたらない。してみれば被告人らの原判示各行為については処罰規定を欠くことになるわけである。しかし、そうであるからといつてこのような立法の不備を補うため原判決のような解釈をすることは、不当な拡張解釈であつて、罪刑法定主義の原則にも反する疑いがあるものといわざるを得ないのである。してみれば、原判決には所論のような法令の解釈適用の誤りがありその誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由がある。(なお、附言すれば現在、沖繩県においては、本土復帰前軽自動車による貨物運送事業を営むについて行政主席の免許を必要としたが、本土復帰とともにこれを要せず、単なる県知事への書類提出届出によつて営業をすることができるようになつたため現在数千台の軽貨物自動車が存在して貨物運送に従事しているが、そのうちの相当数がいわゆるタクシー行為を行なつているとの疑いがあることは公知の事実であり、しかも、その多くは、道路運送法一二八条一号、四条一項の規定に違反するとの疑いのあることも否定しえないところである。当裁判所もその取締の必要性を認めることは前説示のとおりである。)

よつて、本件各控訴は理由があるから、刑訴法三九七条一項、三八〇条により、原判決中被告人両名に関する部分を破棄したうえ、同法四〇〇条但書の規定に従い、さらに、自ら、次のとおり判決する。

本件各公訴事実の要旨は、

「被告人両名は、いずれも法定の除外事由がなく、かつ、運輪大臣の許可を受けないで、

第一  被告人新垣は、昭和四八年五月一四日午前九時五〇分ころ、沖繩県那覇市字与儀四〇一番地与儀給油所先付近道路において、自己の運転する事業用軽貨物自動車に松田恵美子(当三五年)を、同市内波之上まで運賃後払いで運送する契約で乗車させ、同市泉崎一丁目二番地の五三那覇警察署上泉警察官派出所付近道路まで輸送し、もつて自家用自動車を有償で運送の用に供し、

第二  被告人金城は、同日午前九時二〇分ころ、同市与儀三五八番地新垣材木店前道路において、自己の運転する事業用軽貨物自動車に真境名由全(当四三年)を、同市久米二丁目二九番地の一一那覇中央郵便局まで運賃後払いで運送する契約で乗車させ、同市松尾二五九番地の二リウボウデパート前付近道路まで輸送し、もつて自家用自動車を有償で運送の用に供し

たものである。」

というものであるが、被告人らの各行為は、前説示のとおり罪とならないものであるから、刑訴法三三六条前段によりいずれも無罪の言渡しをする。

よつて、主文のとおり判決する。

(森綱郎 屋宜正一 堀籠幸男)

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